マルチン・ルターの宗教改革の流れを受け継ぐプロテスタントのキリスト教会です。

今年度より、毎月第2木曜日に夕礼拝を行うことになりました。開式時刻は19時です。
『ガラテヤの信徒への手紙』を読み進める予定です。

杉並聖真ルーテル教会の責任教職(高野牧師)は、来年度本年度も飯能ルーテル教会の責任教職を兼務します。奇数月の第2日曜日に飯能教会に出張するため、当日の杉並教会の礼拝式は信徒のみで守ります。
出張予定日: 5月10日
32兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。33そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、34苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。35彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、36そこに座って見張りをしていた。37イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。38折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。39そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、40言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」41同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。42「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。43神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」44一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。
45さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。46三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。47そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。48そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。49ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。50しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。
今日から受難週に入ります。教会の暦では、今日は「枝の主日(棕櫚主日)」と呼ばれ、イエスさまが「ホサナ」「ホサナ」
(21章9)の歓呼の中、ろばの子に乗ってエルサレムに入城した日とされています。この日からイエスさまはエルサレムの神殿で連日教えを説きました。そして、木曜日の夜に最後の晩餐を弟子たちと共に守り、それからゲツセマネの園で祈り、そこで捕らえられ、一晩中、大祭司カイアファのもとで裁きを受けました。夜が明けた金曜日の朝、総督ピラトのもとで裁かれて死刑を宣告されます。そして午前9時にゴルゴタの丘で十字架につけられ、午後3時に息を引き取りました。そして、日没までの短い時間でアリマタヤのヨセフが所有する墓に葬られました。これが、聖書が記す受難週の流れです。
イエスさまは金曜日に十字架の上で殺され、日曜日に復活しました。この出来事のゆえに、弟子たちは日曜日にイエスさまを礼拝する群れとなり、この出来事のゆえに、私たちは神の子・神の僕として新しい命に生きる者となったのです。
二千年も前の遠い外国での出来事が、どうして私たちの人生とそれほどまでに深く関わるのか。その答えは、イエスさまとは誰であったのか、イエスさまの十字架とは何であったのか、を読み解く中で得られます。
イエスさまは天地創造の神の独り子であり、その十字架の死はすべての人間の罪を担う、すべての人間が本来受けなければならない裁きの身代わりとしての死でした。そして、その復活はイエスさまが死によっても滅ぼされることのない方であることを示すと共に、イエスさまの十字架によって自分の罪の裁きを受けた者に与えられる永遠の命を示しています。ですから、すべての人がイエスさまとどのような関係にあるのかを問われるのです。そして、この問いに対して「わたしの主、わたしの神よ」
(ヨハネ20章28)と答える者は、天地創造の神に対して「父よ」
(6章9)と呼んで祈ることができる者とされます。イエスさまが聖霊として私たちと共にいてくださり、すべての道を守り、支え、導いてくださっている。このことを知る者とされるのです。ですから私たちはイエスさまが復活した日曜日が巡ってくるたびにここに集い、礼拝を守っているのです。
今朝の御言葉には、イエスさまが十字架にかかった場面が記されています。イエスさまはあからさまに侮辱とあざけりを受けました。まず兵士が、十字架につけられてからは、そこを通りかかった人、つまり一般の人がののしりました。そして、祭司長、律法学者、長老といった宗教指導者が侮辱しました。さらに、イエスさまと一緒に十字架につけられていた人さえもがののしったのです。
ここで私たちは、人間の持つ根源的な残酷さに直面します。反抗できない弱者を群れてなぶりものにする。普段は理性の下に隠されているこの「心の闇」は、決して他人事ではありません。イエスさまの十字架は、この私たち自身も気付かない、目を向けたくない罪の性質を照らし出す鏡です。
また、彼らがイエスさまをののしる、「自分を救ってみろ」
(40)、「神に救ってもらえ」
(43)という言葉は、私たちが抱きがちな「信仰への誤解」を鋭く突いています。他人を救うことができるのなら自分も救えるはずだ、神の子というなら神が救ってくれるはずだ、との考えです。そもそも、私たちが神に求める「救い」とは何でしょうか。十字架の苦しみから逃れること、病気であれ、人間関係であれ、経済的な困窮であれ、苦しい状況を好転させてくれることです。それを叶えてくれない神ならば要らないのです。そして、イエスさまは、それを約束し、与える人ではありませんでした。
イエスさまが私たちに与えようとしたのは、神を自分の幸いの道具程度にしか思わない人間の傲慢を打ち砕き、天地を造り私たち自身をも造ってくださった神との間に和解を与え、神との親しい交わり、神と共に生きる新しい命でした。それは、自分でも気付かない、私たちの心の底にある残酷さという闇との決別をも意味しています。
十字架をののしる者から、十字架をあがめほめたたえる者への変化。これがイエスさまの救いに与り、新しい者とされた確かなしるしです。これは、人間の存在の根底からの変化であり、生まれ変わったと言い得るほどの変化なのです。この変化を与えてくださったのが、イエスさまの十字架なのです。
イエスさまは裁かれ十字架につけられるまで、ほとんど何も語りません。どうしてイエスさまは屠り場に引かれていく羊のように黙っていたのでしょうか。
イエスさまは、御自身が十字架にかかることが父なる神の御旨であるということを、はっきりと知っていたからです。それは、ゲツセマネの園において、「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」
(26章39)、と祈ったことからも明らかです。
さらに、イエスさまは十字架への歩みの中で、このことは詩編22編で神が告げられたとおりであることを確認し、自分が十字架につけられることが間違いなく神の御心なのだと受け止めていたに違いありません。ですから、イエスさまは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」
(46)と、詩編22編1節の言葉を口にしたのです。
イエスさまは神に捨てられた嘆きを味わいつつ、なぜそれが父なる神の御心であるか、なぜそれが必要であるかも知っていました。それは、父なる神が、敵対する者、自分の利益のためにしか神を拝もうとしない者をも愛し、赦し、御自身の子として迎えようとされたからです。イエスさまは、今自分を十字架につけ、自分をののしり、あざけり、笑っている、この人たちの身代わりとして神に裁かれ、神に捨てられなければならないことを知っていました。神に敵対し、神の子さえも十字架につけるような者たちへの裁きですから、徹底的に神に捨てられなければならないのです。ですから、イエスさまのこの時の「わたしをお見捨てになったのですか」という言葉は、自分が神に見捨てられて、罪の故に死んで陰府に下った者たちの所へ行くということを認めている言葉なのです。
そしてイエスさまは、自分を見捨てる神に向かって、なおも「わが神、わが神」と呼びます。嘆きと苦しみの中にあって、なおイエスさまと父なる神との絆は揺らがないからです。全能の父なる神から見れば虫けらに過ぎないであろう者のために、父なる神が独り子である自分を捨てる、そのことをイエスさまは善しとして受け容れました。私たちのために、私たちと共に、私たちに代わって、祈り、叫んだのです。
この父なる神と子なるイエスさまの永遠の愛の交わりのゆえに、イエスさまの十字架があり、この十字架のゆえに私たちは救われました。そして、この交わりの中に私たちも招かれています。これが十字架のメシアの意味です。
この受難週の日々、イエスさまの十字架をしっかり見上げて、これに応えていきたいとの思いを新たにされて、御国への道を共に歩んで行きましょう。
祈りましょう。天の父なる神さま。あなたは御子イエスの十字架によって、あなたの義と愛を明らかに示してくださいました。あなたの信実に応えて、御子の御足の後に従って歩めますよう、私たちを養い導いてください。救い主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
(礼拝での朗読は短く32節-50節にしました)