マルチン・ルターの宗教改革の流れを受け継ぐプロテスタントのキリスト教会です。

杉並聖真ルーテル教会の責任教職(高野牧師)は、来年度も飯能ルーテル教会の責任教職を兼務します。奇数月の第2日曜日に飯能教会に出張するため、当日の杉並教会の礼拝式は信徒のみで守ります。
出張予定日: 5月10日
28マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。29マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。30イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。31家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。32マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。33イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、34言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。35イエスは涙を流された。36ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。37しかし、中には、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。
38イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石でふさがれていた。39イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。40イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。41人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。42わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」43こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。44すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。
マルタ、マリア、そしてラザロの兄弟姉妹はイエスさまと深い愛の絆で結ばれていました。しかし、ラザロの病と死が、その幸福な関係を無残に引き裂きます。ここで描かれる「死」の厳しさは、単なる生命の停止ではなく、「愛する者との関係の断絶」です。姉妹が放った「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」
(21、32)という言葉には、彼女たちの深い後悔と絶望が凝縮されています。
活発で理性的なマルタは、イエスさまの力を頭では理解しようとし、信仰によって悲しみを乗り越えようと努めます。しかし、彼女のその信仰も、「生きている間なら助かったはずだ」という、人間の時間的限界の中に留まっていました。感情に忠実なマリアは、深い悲しみに沈み、イエスさまの足もとで泣き崩れます。彼女もまた、死という確定した現実の前で手をこまねくしかありませんでした。
彼女たちの姿は、死を「人間にはどうすることもできない絶対的な終止符」として捉える、私たちの姿そのものです。私たちは、神の救いを「地上の命がある間」という枠の中に限定してしまいがちです。
「イエスは涙を流された」
(35)。なぜ、これからラザロを生き返らせると知っているイエスさまが、涙を流す必要があったのでしょうか。ここには、イエスさまの二つの側面が表れています。
第一は、深い共感です。愛する者を失った人間の悲しみを、神は他人事としてではなく、自らの痛みとして共有しておられます。第二は、死への憤りです。イエスさまが対峙していたのは、ラザロを奪った「死の力」そのものでした。
イエスさまの涙は、私たちが苦しみの中にいるとき「神はどこにいるのか」、という問いに対する答えです。神は、高い天から冷然と眺めているのではなく、私たちの隣で共に泣き、共に憤っておられるのです。
そして、イエスさまがマリアや人々の涙を見たことで「心に憤りを覚え、興奮」
(33)したという描写に注目されます。この「興奮」という言葉は、後にイエスさまが十字架に向かう決意を語る場面(12章27)でも「心騒ぐ」という訳で使われます。
イエスさまは、人間から信仰を奪い、神との関係を断ち切ろうとする「死の暴力性」に対して激しく憤りました。イエスさまの涙は、死に支配され、絶望に閉じ込められた人間への深い憐れみと、その元凶である死の力に対する戦いの決意の現れだったのです。
「主よ、来て、ご覧ください」
(34)という人々の言葉は、図らずもイエスさまを死の現場(墓)へと誘う挑戦状となりました。イエスさまはその挑戦を受け、死の力が支配する領域へと踏み込んでいったのです。
イエスさまは墓を塞ぐ石を取りのけるよう命じます。マルタは「もうにおいます」
(39)と躊躇しますが、これは人間が死に対してなしうる精一杯の対処が隠蔽と諦めであることを表しています。そこに、イエスさまは終わりを始まりに変える視点を与えます。私たちが「もう手遅れだ」「これ以上はどうしようもない」と石を置いて塞いでしまった場所で、イエスは「石を取りのけなさい」と語りかけます。
イエスさまの呼びかけに応じ、ラザロは「手と足を布で巻かれたまま」
(44)墓から出てきました。ここで象徴的なのが、イエスさまが周囲の人々に命じた次の言葉です。「ほどいてやって、行かせなさい」
(同)。ラザロは生き返りましたが、まだ「死の布」に縛られていました。彼が本当に自由になるためには、周囲の人々の手助け(ほどく作業)が必要だったのです。これは、現代の私たちにとっても重要な示唆を与えます。私たちはイエスさまによって新しいいのちを与えられてもなお、過去のトラウマ、罪悪感、あるいは世俗的な価値観といった「死の布」に縛られていることがあります。それを互いにほどき合い、自由に歩めるように助け合うこと。それが、復活のいのちに生きる教会の姿です。
しかし、この「よみがえり」は、イエスさま自身の「復活」とは根本的に異なります。ラザロのよみがえりは、一時的な生命の蘇生であり、彼は後に再び肉体の死を迎えます。対してキリストの復活は、死の力を根本的に滅ぼし、二度と死ぬことのない永遠の命の完成です。
では、なぜイエスさまはラザロを呼び戻したのでしょうか。それは、「もし信じるなら、神の栄光が見られる」
(40)と語った通り、イエスさまこそが神から遣わされたお方であり、死を司る権威を持っていることを人々に信じさせるための「しるし」だったからです。
哲学者キルケゴールは、著書『死に至る病』の序文の中で、この箇所を引用し「キリストが墓に歩み寄られること自体が、この病が死に至らないものであることを意味している」と説きました。イエスさまが「復活であり、命」である以上、イエスさまが共におられる場所では、死はもはや絶対的な支配者ではなくなります。
イエスさまは、私たちが本来受けるべき「神からの断絶(真の死)」を、十字架の上で身代わりに引き受けられました。イエスさまが神との断絶を経験されたことで、私たちは死を通してもなお、神との愛の関係の中に留まることができるようになりました。肉体の死は依然として存在しますが、それはもはや神との関係を断ち切る「絶望」ではありません。
「復活の命」に生きるとは、この世で死ななくなることでも、現世利益的な繁栄を謳歌することでもありません。罪を赦され、神との絆を取り戻し、地上の死を貫いてなお神と共に歩む「新しい次元の生」を今、ここから始めることなのです。
ラザロはやがて再び肉体の死を迎えたはずです。しかし、彼が墓から出てきたあとの人生は、それ以前とはまったく異なるものだったでしょう。彼は「死」を一度通り抜け、死よりも強い「愛」があることを身をもって知ったからです。
世の人々は、イエスさまの業を「困った時の奇跡」や「過去の愛」として限定的に捉えようとしました。しかし、ラザロの物語が告げているのは、イエスさまの十字架と復活こそが、私たちの死を根本から造り変えるという事実です。
私たちは人生の中で、何度も愛する者との別れや、自分自身の死の恐怖に直面します。そのたびに、マルタやマリアのように「主よ、なぜここにいてくださらなかったのですか」と嘆くかもしれません。しかし、イエスさまは死のただ中にあるときこそ共におられ、私たちのために憤り、涙を流し、そして死の力からの勝利を宣言されるお方です。
私たちは、この世で肉体の死を経験するにしても、絶望することなく、十字架と復活によって現されている神の栄光を見つめつつ、希望をもって歩むのです。私たちは、神の救いの御業を知らされて、神にのみ栄光を帰して歩むのです。そのような中で、確かに復活の命に生き始めるのです。
祈りましょう。天の父なる神さま。御子イエスさまは私たちを罪と死の支配から贖い出すために、自らの命を与えてくださいました。弱い私たちがこの世を歩む間、御子がつねに共に歩み、導いてくださいますように。救い主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン
(この説教は、範囲を28-44節に絞りました)